ロシア在住28年の国際関係アナリスト北野幸伯氏の最新刊『日本の生き筋ーー家族大切主義が日本を救う

メルマガ「国際派日本人養成講座」の著者伊勢雅臣氏が、メルマガにて「日本の生き筋」についての書評を書かれていましたので紹介します。

日本の少子化の解決策が明確に書かれています。
既にロシア、フランでも実証済みの方法でもあり、三方良し、四方良しの方法です。

日本の生き筋ーー家族大切主義が日本を救う

国際派日本人養成講座より転載

■1.「日本は幸せな国?」

 ロシア在住28年の国際関係アナリスト北野幸伯氏は、ロシアの視点からのユニークな著作で弊誌にも何度も登場いただいているが[a-g]、氏の最新刊『日本の生き筋』はさらに視野を広げて、国民生活、国家経済を含めて我が国の目指すべき方向を論じた刺激的な著作だ。

 この本のまえがきは「日本は幸せな国?」という副題がついており、国連が発表している「世界幸福度ランキング」の2018年度版で日本が156カ国中54位だったというデータの紹介から始めている。ただ弊誌は、この手のランキングは評価項目の選択によっては、そんな順位にもなるのだろう、という程度にしか受け止めなかった。

 しかし、その後に紹介されている「イシキカイカク大学」の案内ページに載っていたという次のデータには愕然とした。

 ・教育への公的支出:最下位(34カ国中)
 ・日本人の労働生産性:最下位(主要先進国中)
 ・平均睡眠時間:最下位
 ・日本企業の社員の「やる気」:最下位クラス
 ・仕事にやりがいを感じている:最下位
 ・世界の仕事満足度調査:最下位
 ・自国に対する誇り:最下位
 ・自分自身に満足している若者:最下位
 ・将来に明るい希望を持っている若者:最下位

 これでは幸福度54位というのも無理はない。特に「やる気」「やりがい」「誇り」「希望」という精神的満足度の低さに、筆者としては、若い世代に申し訳ない、と思うばかりだった。

■2.ロシアで出生率を大幅に上げた秘密

 しかし、慙愧の念に浸っていても仕方がない。幸い、この本で北野氏は総合的な、かつ説得力のある「幸せな日本の創り方」を提言している。こういう議論を活発に繰り広げる中から、「希望」や「やる気」も湧いてくるはずだ。

 その「幸せな日本」を創るための最重要課題が少子化問題であろう。よく少子化とセットにされる「高齢化」は国民が長生きできるようになったという点で、「幸せな国」への一里塚である。あとは健康寿命をさらに伸ばして、元気なお年寄りを増やし、その元気を職場や地域で活かせるような仕組みを作っていけば良い。

 逆に「少子化」は国民の気持ちを暗くさせ、未来への希望と活力を奪う問題である。この点で、北野氏は「少子化問題は解決可能」として、ロシアでの成功例を紹介している。

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 1999年、ロシアの人口は、「年間70万人」という超スピードで減少していました。
「このままだとロシアは消滅する」と、マジメに心配している学者もたくさんいたのです。この年、ロシアの合計特殊出生率(JOG注:一人の女性が出産可能とされる15歳から49歳までに産む子供の数の平均)は、なんと1.16だった。

 ところが、2012年は1.69、13年1.71、14年1.75、15年1.75!
 死亡率の低下も手伝って、人口が「自然増加」し始めている。[1, p267]
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 日本の出生率がここ数年1.4程度で低迷していることに比べれば、ロシアは日本よりはるかに低い水準から、一気に抜き去ったのである。

 出生率を急速に上げた政策の一つは「母親資本(マテリンスキー・カピタル)」という制度だった。これは子供が二人生まれたら、平均年収の2倍くらいの大金が支給され、住宅関係(住宅の購入、修繕など)や教育関係に使える、というものだ。

 出生率回復の成功例はロシアだけではない。フランスの出生率も90年代から一貫して上昇し、先進国では珍しく2006年には2.0を超え、以後、その水準を保っている。そのために効果のあった対策がやはり子供が二人以上生まれた家庭への手厚い経済的保護である。

「育児休業手当」(二人目の子どもが生まれると、3歳になるまで母親が仕事を休んでも月6万5千円程度が支払われる)、「乳幼児受け入れ手当」(子供が0歳から3歳まで受けとれる)、「家族手当」などがあり、子供二人の家庭では年間6百万円近くとなる。こんな手厚い保護があれば、子供を産みたい家庭は経済的制約に縛られずに出産・育児に取り組めるだろう。[a]

■3.日本版「母親資本」の提案

「母親資本」の日本版として北野氏が提案するのが、「三人子供を産んだ家庭には、住宅購入資金2000万円まで支援します」という制度である。たしかに日本の都市部では3人も子どもを育てられるような広い住宅を持つこと自体が難しい。しかし、2千万円もの補助が出れば、それも可能だろう。

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「財源どうするんだボケ!」
そんな声が聞こえてきます。
別に2000万円、一括でその家族にあげなくてもいい。

「住宅購入資金のローン(たとえば30年)を、2000万円まで国が肩代わりします」
・・・
 すると、「三人子供を産んだ一家庭」につき、国の月々の負担は、月7万円くらいでしょう。
 子供一人あたりの支援額は、月2万3333円となります。

 これなら、「財源どうするんだボケ!」という人も、「非常に現実的なプランです」となるでしょう。

 これを実行すると、関わる人みんなにメリットがあります。
・三人生んだ家族=夢のマイホームが手に入って幸せ
・銀行=国が払ってくれるので、とりっぱぐれない
・国=出生率が劇的に高まり、未来は安泰[1, p272]
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 まさに「三方良し」だが、さらに言えば、住宅への需要が高まることで住宅産業や家具・家電業界、出産や育児の需要増から病院、保育園、幼稚園、学校なども潤う。まさに国全体を明るくする対策と言える。

 それでも北野氏はアナリストらしく、この支援策の「リターン」まで計算している。詳細は本書に譲るが、3人の子供たちが成人して、所得税などを払うことによって、生涯で8千万円近くのリターンを国は得られる。2千万円の投資で、8千万円のリターンがあるとは、まさに「とんでもなくおいしい投資」なのである。

 出産と育児を保護する少子化対策はそれほどの巨大なリターンをもたらす。それに気がついているからこそ、ロシアやフランスは子だくさん家庭への手厚い保護をしているのである。

■4.「女子社員の出生率が飛躍的にあがった」

 しかし、出産・育児への経済的援助だけでは、少子化対策としては不十分である。少子化の一大要因は未婚率の上昇であるから、この点もなんとかしなければならない。そのために、北野氏は建設機械日本最大手のコマツの興味深い事例を紹介している。

 コマツは1950年代に本社を東京に移し、工場も輸出に有利な関東・関西に移したが、その後、本社を創業地である石川県に戻し、また工場も茨城県や福島県などへの地方分散を進めた。コマツの坂根・元CEO(現・特別顧問)は、その動機を「この国の深刻な少子化問題を解決したいとい思いにある」としている。[1, p162]

 その結果はどうか。30歳以上の女性社員のデータで見ると、東京本社の結婚率が50%で、石川は80%。結婚した女性社員の平均子供数は東京0.9人に対し、石川1.9人。これを掛け合わせて、既婚未婚含めた女性社員全体での一人あたり子供人数は:

 東京 0.5x0.9=0.45人
 石川 0.8x1.9=1.52人

 たとえば、30歳以上の女性社員1000人を含む本社を東京から石川に移せば、結婚する女性は500人から800人に増え、子供数は450人から1520人と3倍以上に激増する、という計算になる。

 コマツでは「女性社員の出生率が飛躍的に上がった」だけでなく、「従業員の生活が豊かになった」「退職者の健康寿命が延びた」などの効果も見られている。

 それはそうだろう。東京に比べれば、石川でははるかに広い家が持てるし、物価も安い。両親も近くに住んでいれば、子育ても手伝ってくれる。これは両親にとっても幸せなことだ。さらに退職者も恵まれた自然の中で、おいしい魚や新鮮な野菜を食べ、畑仕事で汗を流せば健康寿命も延びる。

■5.「人口減少県でも法人税ゼロ化」

 これはまさしく地方の過疎化を防ぎ、従業員の「幸福度」を飛躍的に上げる妙案なのだが、こういう方向に他の多くの企業を誘導する方策はあるのか。

 ここでも、北野氏は具体的な方策を提案している。それは「人口減少県での法人税をゼロにする」ことである。人口減少県とは、秋田、青森、高知、山形、和歌山、長崎、福島の7県で、直近の3年間でいずれも人口が2~3%減少している。

 日本の法人税は23.2%だが、これをゼロにすればこの分、企業利益が一挙に増える。しかも法人税は全国一律にする必要はない。たとえばアメリカの連邦法人税は一律だが、州法人税は各州で異なる。そこで、北野氏の提案は:

 ・元からこれらの県にある企業の法人税はゼロ
 ・東京圏から引っ越してきた企業の法人税はゼロ
 (東京圏から、と限るのは、たとえば近隣の過疎県から企業が移ったのでは、過疎現象が移動するだけだから)
 ・外国で生産していた拠点を、人口減少7県に移した場合は、法人税ゼロ
 ・一定数の雇用が条件(会社の登記だけ移して税金を逃れようとする手口を防ぐため)

 多くの日本企業が中国に工場移転して、中国産の安い商品を輸入することで、地方の過疎化が進み、日本経済のデフレが続いた。中国の人件費が上昇し、また米中冷戦が始まった今こそ、この法人税ゼロ化によって、これら人口減少県に工場を戻すべきだろう。

 これによって、企業が潤うだけでなく、多くの元県民が郷里に戻って仕事と幸せな生活を得る。県は過疎化にストップがかかり、国全体でも少子化が防げる。まさに「四方良し」が実現できる。

■6.「地方で親と同居しながら、都会の大学に通える仕組みを」

 住民が都市圏に流出してしまうもう一つの原因は、学生が大学に通うために都会に出ることだ。全国の大学生数287万人のうち、東京73万人、大阪23万人、神奈川20万人と、トップ3だけで40%強を占める。

 この3都府県の人口は日本の約15%であるから、単純に推計するとこれらの学生のうち、3都府県出身は15%に過ぎず、残りの25%はそれ以外の地域から親元を離れて、都会に出てきたという計算となる。学生数にして72万人にもなる。

 これらの学生が親元を離れて、都会に下宿して大学に通うと、どれほどの出費となるのか、北野氏は緻密な計算をしているが、結果だけ紹介すると、子供が都会の私立大学に入ると、年間平均で約182万円、平均的家庭収入の32.5%もかかる。子供二人を送り出したら世帯収入の約65%。相当の金持ちでない限り、不可能だろう。

 これだけの教育費を子供にかけながら、子供は都会に行ってしまい、就職も都会でする。親から見れば、何のリターンもない。

 そこで北野氏が提案するのが、「地方で親と同居しながら、都会の大学に通える仕組みをつくれ」である。インターネットの時代となって、たとえば動画で教授の授業を聞き、レポートはメールで送りました、でも済む。時々、都会での短期集中スクーリングでもすれば、学生や同級生と直接会って話をする事もできる。

 現在、都会での下宿のための平均仕送り額は月7万円に過ぎず、多くの学生は生活費稼ぎのためにアルバイト漬けになっているが、親元にいればそれからも開放される。さらに、親元で暮らしていれば地元で就職する可能性も高い。仕事は、法人税ゼロで地方に移転した企業が提供できる。

 地元で一流大学に通え、一流企業に勤める事ができ、結婚して3人以上の子供を産んで、2千万円もの住宅ローンを国が肩代わりして大きな家にも住める。こうなったら、苦しい思いをして都会にしがみついている理由はない。

■7.「幸せな日本の創り方」の議論を

 自分の生まれた郷里で、親の近くに住み、子育ても助けて貰い、親の面倒も見ながら、幸福な家庭生活を送る。こうした家族を中心とした幸せな家庭生活を目指すことを、北野氏は「家族大切主義」と名付けている。

 これは高度成長期の、郷里を捨て家庭を犠牲にしても会社のために働く、という「会社教」を反省し、日本の伝統的な生活に回帰することでもある。そもそも江戸時代から戦前までは「家族大切主義」が主流であった。そして、戦前の道徳規範であった教育勅語においても、「父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し」と、良き家庭生活を築くことから徳目を始めていた。

 現代最先端の心理学は、家庭は子供が思いやりや利他心を身につける最初の場である、と説いている。家庭を大切にできる人こそが、しっかりした家庭を基盤に、郷土や会社、国家のために尽くすことができるのである。さらに次世代の立派な国民を生み育てる事は、国家百年の計でもある。

 戦後復興と高度成長を終えたわが国は、その後、目標を失って、漂流しつつも、高度成長期の「会社教」に変わる新しい生き方を見つけられないできた。北野氏の新著をきっかけにして、「幸せな日本の創り方」の議論が盛り上がることを期待したい。
(文責 伊勢雅臣)